悲球伝

伝説シリーズ9作目「悲球伝」読了。

「いっそのこと飛ばしてしまってもいいような一冊」とあとがきで書いている通り、送りバントのような、繋ぎの一冊。燃えよドラゴンズでいうと「2番井端がヒットエンドラン」のところだ。

 

ただし、2番井端がヒットエンドランをするからこそ3番福留がタイムリーを打ち、4番ウッズがホームランを打つことで燃えよドラゴンズの歌は完成するように、おそらくこの一冊も必要な一冊だったのだろう。

そして燃えよドラゴンズの下りは全く必要がない。

 

視点切り替えがちのこのシリーズ、今作も視点を3つに切り替えながら進む。読み辛いよう、街はなるべく一人ずつ進めていくタイプだようと思いつつも、細かい謎の実態は何なのか、全体像はどうなっているのかを予想しながら読んでいくのは面白かった。何一つ当たらなかったけど。

ただ明示されるの答えは、推理というより西尾維新維新がやりそうな展開を想像したらたどり着けない答えではなかったと思うので、フェアの範疇だったと思う。

 

いつもの会話劇が長々と続く今作、まさしく傑作マーベラス!と言えば嘘になるけれど、ラスト手前の助走としては良かったのかもしれない。今は続きであり最終巻である悲終伝を読みたくてたまらないし。

バントにしろ、ヒットエンドランにしろ、ホームランにしろ、最終的に試合に勝てばそれで良い。むしろ試合で負けても最終の最終的に優勝して日本一になれればそれで良いのと一緒で、最終巻を読んだ時の感想が最高傑作マーベラス!となっていれば、それで良いのだ。

 

果たして。

 

悲球伝 (講談社ノベルス)

悲球伝 (講談社ノベルス)

 

 

私がモテないのはどう考えてもお前らが悪い!13巻 

そんなわけでわたモテ13巻を購入。

 

初期のわたモテは、もこっちの痛さが読んでて時々辛くなる部分があったけれど、それは共感性羞恥だけではなく、どこかで身に覚えがあるような生々しさを含んでいたからではないだろうか。

そんなもこっちが行動して、失敗して、めげずにまた行動して現状があるのだから、感情移入するに決まっている。

 

そして改めて読み返してみるとリア充に見えていた周りの人たちも、どこかうまく立ち振る舞えない不器用な要素が見て取れる。

この感じも生々しくて、だからこそ愛おしい。

 

13巻で一番好きなシーンなのが、

「私の中で本音で話すのが流行りだから聞いちゃうけど、田村さん私のこと嫌い?」

とネモが話すシーン。

はっきり聞くのは関係性変化の手段として必ずしも悪手ではないと思うけど、少なくとも前半は絶対にいらない。そんなこと言われても「知らねえよ!」としか思えない。

「田村さんが嫌でもからんでいくよ」と宣言するのも、本来なら口に出さんで良いやつです。行動だけで良いじゃない。

このセリフって言っちゃえば超オタクっぽいセリフ回しなのだけど、これは漫画だからというわけではなく、もこっちやコオロギ以外ではこういうオタク感のあるセリフってほぼないので、間違いなくネモのキャラクター性から来るものだ。

そして、最初読んだ時は強キャラの雰囲気を感じていたけれど、そう考えてみると胸の奥の不安を無意識のうちにアニメ調のセリフとして喋ることで緩和させているとも読み取れる。というかそういう意味合いのセリフになる。

 

こういう細かい描写の積み重ねが今のわたモテの一番の魅力であるけれど、単純にお腹を抱えて笑える漫画でもあるし、クレ●ンし●ちゃんへの風評被害が「有名アニメ」という表現へ訂正されているあたりに、「ニコはバカだなー」とネモ調に親しみを込めて感じてしまい、更に好きになってしまうのでありました。どっとはらい

 

 

モテないし大学に行く

一部で局所的にバズってるわたモテ。

昔アニメ化されたときの印象で、オタクでぼっちの痛い女の子主役の漫画と思っている人は多いと思うけど、異世界に逃げず痛いなりに行動した結果オタクで痛い女の子はいつの間にかぼっちではなくなっている。

現状はもこっちハーレムとすら呼ばれる状況だけど、そこに至るまでの過程を丁寧に、そして少しずつ輪が広がって来て現在があるので、わたモテ人気が改めて再燃しているのだ。

アニメ化された当時のわたモテしか知らない人は、大きな転機となる修学旅行編の8巻からで良いので読んでみてほしいです。

 

 

 

そしてそんなわたモテ今日更新。ゆりちゃんと大学見学に行くもこっち回。別名ゆりちゃんデート回。

ゆうちゃん以外の女の子と二人で出掛けて緊張せず、変な勘違いせず、そして暴走もせず自然体でいられるもこっちに感動すら覚える。それはもこっちの成長でもあるしゆりちゃんとの関係性の進歩でもある。更に言うならゆりちゃんの成長もあるのかもしれない。

 

二人で出掛けた時に凄く大事なのは、無言の時間が気まずいかどうかだと思うけど(ぼっち脳?)、ゆりちゃんとの中にはそれが全くなくなっている。二人してスマホ見るとかじゃなく、二人とも自然とボーッとしていたり考え事をしている。その関係性が本当に尊ひ…。スマホの描写がないのは所詮漫画だからと思うかもしれないけど、いやいや、わたモテが確変してからの谷川先生はそういう描写が実に丁寧な方ですよ。絶対に考えた上で描いています。今の谷川先生はなんと言っても舞い散る花びらや床に写る影で関係性を表現した漫画家さんです。あれは普通に読んでたら気が付かないぜ。

 

ちなみにそんな谷川先生唯一にして最大の弱点は、食べ物の描写、というよりはっきり言ってしまえば画力の問題なのか、時々この食べ物は何なのかで論争が巻き起こることだ。(キバ子ステーキで検索ゥー!)

あれが悔しかったのか、最近は毎回のように食べ物が出てくる。反骨イズムだ。

 

そしてなんと言っても今回のお話の一番尊い所は、もこっちが高校生活にポジティブな思いを持っていることがモノローグで明言されたこと、今まで名前を読んでこなかったねえさんをゆりちゃん(ゆりちゃ)と呼んだことだろう。ゆりちゃんの表情筋もどんどん筋肥大していくはずだ。

ヒクソン並にマウントを取りたがるもこっちは、プレゼントをあげるとかの行動は出来ても、下の名前で呼ぶ、それも別れ際というここぞというタイミングで呼ぶことが出来るタイプじゃなかった。むしろそんな青春みたいなことやってられるかタイプだったはずなのに。

 

一つ言えることは、ぼっち喪女だから青春をしちゃいけないなんてルールはないし、逆に青春と名前をつけて忌避する必要もない。つまりはもこっちが自然とそれを行えたことに、大きな意味があるのではないかなあ。

 

宵物語

学生のときから西尾維新を読み続けるも、忘却探偵の新作は読めていないし伝説シリーズも8までで止まっている。

ただし化物語シリーズは比較的読みやすく、丁度アニメも放送中なので宵物語を読了。

 

西尾維新の最高傑作は、他の全てを読み終えていればという注釈付きでデビュー10周年記念作品である少女不十分だと思っているのだけど、今作宵物語も少女不十分を彷彿とさせる、具体的に言ってしまえばネグレクトの描写があった。

少女不十分は実話の体をとった全くのフィクション(おそらく)だけれど、西尾維新作品に流れる根底の考え方が織り込まれて折り畳まれて説明された作品。

少女不十分で少女を救ったのはたくさんの作り話でありおとぎ話。どこか壊れた人間たちが、壊れているなりになんとなく幸せになるおとぎ話。

デビュー作のクビキリサイクルの最後に記された文字も「Alred marchen」=真っ赤なおとぎ話。

繋がっている。

 

今作のネグレクトされている少女を救うおとぎ話の結末は、可愛い神様の強い強い、少女への全肯定だった。いや、あのシーンは涙腺に来たよ。少女不十分が好きなんだから来ないわけがない。より力強いメッセージだった。自分はネグレクトされた経験はないけれど、決してメインストリームで幸せな家庭でもなかったので、胸に来る。過去の自分があって今の自分があり、過去の自分が肯定されれば嬉しいに決まってるのだ。

そしてあの全肯定はネグレクトされている子供に当てはまるだけではなく、大人になってからもメインストリームから外れていたり、あるいは何かが壊れてしまっている人も、やっぱり壊れているなりに幸せになってしまっても良いというメッセージが西尾維新作品の繋がり通り溢れているように感じた。

 

とまあ、こんな気持ち悪い文章を勢いで書いてしまうくらい、秀逸だったと思うのだ。佳境に入るまではいつも通りグダグダだった感はあるけれど、それで良い。何故なら壊れた人間が壊れているなりに幸せになってしまって良いなら、壊れている小説が壊れているなりに傑作になってしまっても良いじゃないか。

 

宵物語 (講談社BOX)

宵物語 (講談社BOX)

 

 

少女不十分 (講談社ノベルス)

少女不十分 (講談社ノベルス)

 

 

バイオショックインフィニット

PS4バイオショックコレクションでバイオショックインフィニットをプレイ。

1に関してはストーリー含めて良ゲー、2は1の素材を生かしきれなかった普通ゲーというポジションだと思うが、3は賛否両論ある位置づけだろう。

 

しかし個人的には神ゲー。誰がなんと言おうと神ゲー

 

抽象的な結末になりすぎな感はあるものの、登場人物、世界が魅力的ならもうそれで良いじゃん(良いじゃん)。

楽園のような舞台で、人種差別が平然と行われる空中都市コロンビア、そしてウンデット・ニーや義和団などの史実と宗教観が織り込まれるシナリオに序盤から引き込まれる。

更に沢城みゆき演じるエリザベスは洋ゲーにはなかなかいないタイプの魅力的なヒロインだった。グラフィック含めてちょっとディズニーヒロインっぽいのも親しみやすくて良かったし、だからこそディズニーヒロインでは決して起こり得ない結末に向かって行く姿は、最後まで世界に入り込んだまま終わる事ができた。

 

あとシンディローパーの曲がひっそり使われているのもずるい。幼少期グーニーズを見た人間にとってはそれもまた世界観にのめり込む要因となった。時代設定おかしくね?の違和感含めて(理由は説明される)実に効果的に作用したですよ。

 

悔しいのは、実に効果的に作用した人種差別や宗教観を元にした設定が日本人にはおそらく根本的な部分で理解しきれないであろう所。

そして、逆に言えばそれを元に一本のゲームを作り上げることが出来るアメリカの凄さ。

そのあたりを踏まえても、やっぱり心に残る珠玉のゲームでした。

 

ちなみに余談だけど、日本人だからこそ作り出せてかつ楽しめるゲームは、以前書いたレイジングループがそれに当てはまる。あれは日本人がイメージする怖い集落の風習、宗教観をミステリーとして落とし込み、見事にスジの通った、それでいて秀逸なシナリオとして書き上げられている。改めて、超オススメですぞ。

 

 

 

 

 

PS4版『ゴッドオブウォー』(God Of War)

PS4版ゴッド・オブ・ウォー終了。

面白かったは面白かったけど、自分の北欧神話に対する無知さからなのかそれとも歳を重ねた影響か、前作までのハマり方はない。

今までは難易度を一番難しくして再プレイしてしまうのめりこみ方だったけれど、今作はそこまでのことはなく、何だか普通のゲームになってしまったなあという印象。

 

全く前情報なくやったのでシリーズ既プレイ組は間違いなく大喜びしたであろう例のアイテムを取り出すシーンはアドレナリンがとめどなく溢れ出したけど(やっぱりクレイトスに似合うのはアレでしょ!)

 

ただフォローしておくと、前述した通り北欧神話に関しては関係性がまったくわからない(せいぜい出てくる名前は聞いたことある程度)ので、わかる人にとってはGOWの世界観に北欧神話をどう落とし込んだかでのめり込み方は大幅に変わってくるのだろう。そして普通のゲームになってしまったと書いたものの、間違いなく良く出来たゲームなのは間違いない。

 

きっと、クレイトスさんが子育てに苦労してる姿を見て、愛しさより寂しさが勝ってしまったのだ。超人クレイトスは、どこまでも超人でいてほしかった。

 

 

 

 

レイジングループ

いつの間にかパッケージ版が発売されているレイジングループ。

もともとファミ通のADV総選挙で聞いたこともないタイトルなのに上位にランクインしていて、興味本位で購入したら大当たりだった。

かまいたちの夜などのテキストアドベンチャーが好きで、ひぐらしのなく頃にのような閉鎖的な村特有の不気味な雰囲気に興味を持つ人は迷わず購入するべき良作。

人狼を元にしたストーリーだけれど人狼を知らなくても何の問題もなく、 物語の中で全ての設定は説明してくれる。

何よりほぼ全ての伏線は物語の中で回収されるので、睡眠時間を削って最後までプレイしたけど、そのかいあったと感じられるゲームだった。

新しいものが出にくいジャンルだけど、そんなジャンルだからこそADVが好きな人、もしくは興味がある人は全員やってみたら良いです。