けものフレンズ

遅ればせながらけものフレンズ視聴。

評判通りキルミーベイベーのようななんとも不思議な中毒性。

 

ポジティブで可愛らしいケモノ女の子だらけのユートピアに内包されるディストピアの雰囲気は狙い通りだろうけど、ここまで話題になるとはそりゃ計算出来ないよなあ。

まどマギのようなターニングポイントがあるわけでもなく、「すごーい!」「たのしー!」はネットスラングとして狙いに来た感もまるでない。

ただ、閉鎖済のアプリをアニメ化したという所に野心は感じるけど、パーセンテージで言うと間違いなく部の悪い賭けだし。

 

何故ここまで一部の大きなお友達から異様な人気を集めているのか考えるため、小さなお友達から異様な人気を誇るアンパンマンを考えてみよう。

まず乳幼児は丸いものが無条件に好きだ。

美人のナースさんと、丸々太ったナースさんなら間違いなく丸々太ったナースさんのほうが乳幼児から人気が出るらしい。アンパンマンも顔のパーツは全て丸で構成されているので、それが人気の理由の一つであることは間違いない。ちなみに、ドラえもんきかんしゃトーマスも同じことが言える。

 

けものフレンズは単純に可愛い女の子しか出て来ないので、大きなお友達から人気が出るのは当然。大きなお友達は美人なナースさんが好きだ。

 

次に、アンパンマンは絶対的なベビーフェイスである。自分の顔をちぎってカバに食べさせるというのは文字にするとやべえ奴だけど、やなせたかし先生のひもじい事が一番辛いという哲学に照らし合わせると、最上級のベビーフェイスであることも当たり前だ。

 

けものフレンズのサーバルちゃんは、とにかくポジティブだ。「すごーい!」「たのしー!」の口癖はもちろん、特技が見つからないかばんちゃんに対しても「へいきへいき!フレンズによって得意なことはちがうから!」

癒される…。自分の可能性に限界が見えてくる年齢、もしくはそれをとうの昔に過ぎた大きなお友達にとってこんなに優しい言葉はない。ベビーフェイスっていうか女神。

 

さてそんな優しい世界観のアンパンマンとけものフレンズだけれど、両方ともおや?と思う闇もある。

アンパンマンはバタコさんとジャムおじさん以外人間いなくね?問題と動物やバイキンですら喋るのにチーズは?問題だ。

ただ、これに関してはそこに言及するのは無粋なだけで、そういう世界だからという説明で十分だ。むしろそれで良い。子供向けのアニメでは、人も動物も仲が良く、喋れない犬だって可愛がられているというだけでメッセージは十分だ。

ド菌が食パンに恋をするし、ヒールのバイキンマンアンパンマンを助けたことだってある。(イタイノトンデケダケは名作)

 

それに対しけものフレンズは、アレ人類ひょっとして?問題、敵に当たる存在も無機質で不気味だし、エンディングも廃墟の遊園地と伏線は露骨に張る。

でもそれで良い。大きなお友達は考察することが基本的に好きだし、嫌ならば「たのしー!」で済ませる柔軟性もある。

 

他の共通点としては、両作品とも適度に文明がないのに、その上でオーバーテクノロジーが存在している所も一緒だ。

それもまた、ユートピアでありディストピアの世界観の一役を担っている。(あれ?アンパンマンディストピアになった?)

 

そういうわけで、小さい頃アンパンマンを夢中で見ていた大きなお友達向けに再構築されているのがけものフレンズ、という結論で話を終える。

僕だけがいない街 9巻

もともと「僕だけがいない街」はSFサスペンスといった内容。練り込まれたストーリーは勿論(8巻でスパッと終わらせた所もお見事!)、個性的ながら上手な絵も特徴的な漫画で、大好きな漫画だった。

というか、この絵何処かで見たことあるなーと思ってたら「菜々子さん的な日常」の作者だと知って驚いたものだ。和やかでいて露骨にエロいながら妙に面白く、現実に体験してないことしか起きてないと思うのに、何故かノスタルジーを感じてしまう不思議な漫画だった。更に言うなら超エロいのにエロくない。

要は何かよくわからないが

面白い漫画だったというわけだけど、まさかその後あそこまで面白い漫画(僕だけがいない街)を描くようになるとは夢にも思わなかった。

 

そしてその完結した「僕だけがいない街」のスピンオフである9巻。相変わらず後書きが「非日常的な日常」だったり、副題がReだったり、わかる人にはわかる菜々子さん要素もなかなか心憎いぜ。

 

スピンオフは蛇足になりがちなものだけど、今作は全くそんなことはなく、作品としてしっかりと成り立っているし短編集としての完成度も高い。最終話は少しいらなかった気もするけど、最後は未来に向かわないと行けないのであれでも良い。苦労と希望が混在する登場人物がラストを締めるのは正しい。

 

母子愛、友情、大人による子供への思いやり、そして人間の強さ、全てが綺麗に描けていた。

描かれている時期を考えると、失った者への後悔や贖罪という、重くて纏わりつくようなテーマになりそうなものなのに全くそういう事がなく、明るく、それでいて共感出来る、尊敬出来る(登場人物が全員格好良くて嫌味がないって凄いこと)描き方をしたのは間違いなく三部先生の力量がなせる技だと思うのだ。

 

読んで良かった。

僕だけがいない街を好きな人は、9巻、絶対に読んだほうが良いですよ。

僕だけがいない街を読んだことない人は、最初から、絶対に読んでみたほうが良いです。

 

 

FF15 クリア感想

事前の評判が悪すぎたので、思いの外面白かったよ。

 

確かに最後まで友情に共感出来なかったのは如何なものかと思うし、帝国がなんかいつの間にか崩壊してるし、皇帝に至ってはモブモンスターでウボァーだし。

 

まあ強大な敵キャラクターがその配下のような存在に滅ぼされるのは、FF6FF7でもあった、ある種伝統のようなものだからそれは良しとする。

エンディングのやや唐突さもそれこそFF7に比べたらマシだし。ユフィいなかったし。

 

友情ストーリーとしてはグラディオラスが破綻しすぎてた。イグニスが目を負傷した時気を使ってやれとノクティスを叱責してたけど、あの時点でも父親に続き婚約者まで死んだノクティスが悲惨すぎて全く共感出来なかった上、最後までプレイしたらどう考えてもノクティスが一番可哀想な運命を決定付けられてるじゃないか。究極召喚で死ぬとわかっているユウナにもっと仲間のこと思いやれってアーロンが叱ってたならばFF10ですら駄作に変わりかねない。

それこそアーロンのように見守りながら諭す兄貴分であれば評価は変わったろうに。

そうするとプロットがFF10と似通ってしまうのでやらなかったとしたら、そもそもあのストーリー自体が似通っているから駄目というだけの話で、被った上に改悪されてたらそりゃ印象は悪い。

 

プロンプトはファンが大勢つく代わりにヘイトも集めてしまう女キャラで良かった気がする。終盤の立ち位置が完全に囚われのヒロインだったし、出生の秘密もふーんだわ。日本出身だと思ってた人が北朝鮮出身って言われた感覚か?驚くだろうけど、人間的に問題なかったらそもそも何とも思わず関係性が変わらないのが普通のことだし、ゲームの中での感覚だと東京出身が大阪出身って言われた程度にしか思わなかった。設定の説明不足だよね。

そしてこれもリュックのアルベド族と少し重なってるし。

 

そんな中イグニスは丁度いい良いキャラクターだった。穏やかな兄貴分であり、目を負傷するという可哀想な役、そして何故か多発する挙動不審バグで嫌いな人はいないんじゃないかなあ。

 

ノクティス、アーロン、イグニス、リュックのパーティなら良かったかというと、それも違う気はするけど、もう少し上手くやりようはあったという印象。強いて言えばイグニスを穏やかな弟分にしていれば、丁度バランスが取れたんじゃないかな。

FF15 第13章

なるほどなー。

 

怖いとかバイオハザードとかいろいろ言われてるけど、なるほど、これはつまんねえな。

ただ、剣使えないときはつまらないの当たり前だけど、思ったよりは早めに剣をくれたのは良かった。

カードキー集めがつまらないのも当たり前。作業だから。むしろ今回のFF、クエスト関連に作業要素は強いので、ここに来てそれを殊更強調してしまうことがよろしくない。「そういえばここまでも作業だった…」と、全体の印象低下に繋がりかねない。

 

そして一番良くないのが、そんなストレスが溜まる仕様にした上でダッシュは遅くなり、柵などの障害物を飛び越えられないという所だと思う。

バイオハザード等のホラーゲームは不自由さが怖さに繋がるけど、あくまでFFであって更に今作はオープンワールドなのだから、ダッシュで敵をスイスイすり抜けて、邪魔な柵や障害物もひとっ飛びで良かった。

そうすれば第13章がここまでの低評価にはならなかったんじゃないかな。

足を掴まれたり、突然敵が出て来る等の要素は問題なし。これくらいでも怖いから嫌だという人はいるかもしれないけど、そこはゲーム表現における自由の範疇でいいと思う。苦手な人向けに幅を狭めるのは良くない。

 

あくまでファイナルファンタジーの中の要素なのに、ホラーゲームの文脈に沿ってストレスを与える仕様にしたことが一番の問題だと思いました。

 

ちなみに、シガイの正体が各所に置いてあるレポートで判明する所は良かったと思う。

ゲームが映画と違うところは、文書で情報を得ることが出来る所で、効果的に利用されていた。

シルバー事件というゲームでも、大事なところは全て文書で説明されていた章があったけど、映画はこういう所を会話や映像で表現しなければならないからこそ不自然になってしまうのに対して、ゲームは自然に文書で情報提供が出来るのが強みだよね。

FF15 第10章まで

FF15、第10章までやったけど、ここまでの感想としてはつまらないどころか超面白い。

 

和製RPG最高峰という期待に正面から答えているように感じる。プレイ前は、リヴァイアサンと同じ容量をおにぎりに使ったという話を聞いて呆れたけど、実際プレイしたらそんなわけないわな、というのはよくわかる。(もしホントにそうならむしろ凄い)

 

だからこそ余計に、このあと何が起きて評価が下がるのかいう不安と、ある種悪趣味な期待が止まらない。ダンガンロンパ3の時とまったく同じ気持ちの変化が起きてしまうのか?

 

細かいことを言うと、以前書いた仲間キャラに女性を置かない理由がイマイチわからないけど(女性人気のため?でも女性ファンは女性の仲間はいないほうが良いのかなあ)、ここまでは90点。

サブクエストをこなすのが苦痛と感じるかで大きく評価は別れそうだとは思う。

 

あと、ダメージ受けたときや釣りで稚魚を釣ったとき仲間キャラにからかわれるのは正直鬱陶しい。というか全体的に鬱陶しいところがあるのが勿体無い。

ノクティスを普通の若者として描いて、過酷な運命を際立たせるのはわかるけど、仲間がノクティスに文句言い過ぎだわ。

 

負傷した仲間を置いて進もうとするとめっちゃ叱られるのが腹立つ。王様が先陣切って進んでるのにそこまで文句言われる意味がわからん。なんか嫌味だし。

 

自由度

ファイナルファンタジー15をやってて思うのは、自由度が高くてサブクエストが多い=良作ではないと言うこと。

無理やりクエストを増やしたせいで、国が滅びかけてるのに釣りやキャンプを満喫するアウトドアモンスターハンター王子爆誕中。

 

クエストやるのは楽しいけど、FFに求めているのはそこではない。寄り道要素が少しあれば十分で、サブクエストはあまりなくて良いでしょ。どう考えたってそれならストーリーの内容、密度を増やすべき。むしろサブクエスト多すぎるとストーリーを忘れてしまうし、本筋がおまけになってしまうので、絶対に良くない。FFにとって一番相性が良くないシステムだ。

 

サブクエストによる水増しをすることで、中古に流れないための対策という意味もあるのかもしれないけど、だとしたら現在の市場見ればとりあえず失敗してるよね。

あと、それによって未来への投資も失敗している。一本道で仮に短くても、魅力的なストーリー、内容であれば続編、スピンオフ、何を出したって欲しがる。それでFF7のリメイクが期待されているわけだし。

FF13はまだギリギリ何とか出来ていたのかも知れないけれど、今回は絶対出来てない。ゲームシステムの流用が限界ではないだろうか。FF15の評判見たらこのキャラクター達でスピンオフは荷が重そう。

 

ファイナルファンタジーの強みは歴史があること。そしてそれは良作を連発することで築き上げられて来た。そしてその良作となった理由は、間違いなく魅力的なキャラクターと引き込まれるストーリーて、広大なマップとかオープンワールドとかクエストとかではない。

 

まあ冷たいことを書くと、その魅力的なキャラクターと引き込まれるストーリーを単純に生み出せなくなってるだけなんだろうけど。

 

クエストもやってるうちに楽しいんだか作業何だかわからなくなってきた。

そもそも車で移動中、ローディング中古、リアルでスマホのゲームをやっているので何のためのゲームなんだろうこれ、と思う。

FF15 失敗の原因

クエストや釣りをしつつ第1章2章終了。

ファイナルファンタジー15ダンガンロンパと違って1章が短いね。現在第3章途中。 

クエストこなしてたら帝国兵が雑魚っぱすぎて王都陥落と言われても違和感すげえ。

ただ期待値が低かった分、意外と面白い。

車乗ってる時に昔の曲かけられるのも良いね。過去の遺産がいくらでもあるのはファイナルファンタジーの強みだわ。

 

でも、ファイナルファンタジーで期待値が低いというのも悲しい話だなあ。FF10までは本当に面白かったのにどうしてこうなってしまったのか。まあFF10の時点で主人公の第一印象は決して良いものではなく、笑顔の練習は当時もドン引きしてた。あとキマリは通さない。

 

それでもFF10は当時の水準でグラフィックは段違いだったし、ストーリーも文句なしだった。そういう意味では、FF15も展開次第で化けるかもしれない。や、化けてないという話は聞くけど、シュレディンガーのFF、まだ俺は観測していない!

 

あと今更だけど、ファッションあんなに攻めなくても良いと思うなあ。これ自体はFF8の頃からなので仕方ないけど。服のセンスもそうだし、ノクティスの髪型、眉毛の整え具合、全てにおいて気持ち悪い。

王子だから整えているのは当たり前だけど、それならあの髪型と服装はやっぱ変だよ。

 

そしてその状態で繰り出す仲間たちとの会話。普通のゲームではあまり感じないのに、作り物めいた雰囲気が凄い。女性が考えた男同士の会話みたい。もしくはジャニーズの会話。

もっとこう、巨乳派と貧乳派とか、16才は無しな風潮だけど実際はイケるよねみたいな会話とか、週3!?かよ俺週1だわー(二人共本当は週7)みたいな会話をしてほしい。

しなくても良いけど、なんかしてそうな雰囲気があっても良いじゃん。あったら良いじゃん。

いや普通のゲームにそんな会話がないことは百も承知だよ。

当たり前。

なんだその童貞こじらせたやつだけで構成されたパーティ。

 

それならば何故そこに違和感があるのかなと考えてみると、わかった。仲が良い男パーティなのに作られた会話すぎるからだ。

FFシリーズは基本的に状況に合わせて仲間になるというだけで、最初は仲間意識がそんなに強くないことが多い。だから例えばクラウドとバレットや、スコールとゼルがそんな話をしないのは仕方がない。そもそもあいつらムッツリだからしなさそうなのは置いておく。

もう一つ大きな理由は仲間に女性キャラがいないから。

女性が仲間にいたら、一切下ネタがないのはこれもまた、仕方がない。当然のことだ。でも前述したように仲が良くてかつ、男だけのパーティで、テレビに映るジャニーズの如き生ぬるい会話しかしないわけがないんだよ!

 

仲間に女性がいないのは別に良いかなと思ってたけど、いざプレイしてみるとそんな違和感が生まれたので、やっぱり女の人もいたほうが良いと思いました。